見たこと聞いたこと

2017年11月16日 (木)

群馬の〝日本版〟城跡

 岩櫃山(いわびつやま)は標高802mの岩山。群馬の吾妻地域を車で走ると、南面の切り立った絶壁をよく目にする。昨年の大河ドラマ「真田丸」のオープニングテーマで姿を見せ、一躍有名になったその山に、ちょっとだけ登った。

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 平沢登山口から15分、山道を行くと、岩櫃城の本丸址がある。真田信之、幸村兄弟が少年時代を過ごし、その後も上田城と沼田城を結ぶ真田街道の中間にあたるこの地は真田三代の足跡と切り離せない。本丸址からは、中之条の市街地や上州の山々が見渡せる。今日はその向こうに、尾瀬岩倉スキー場の、雪で白くなったコースが見えた。11161
 近くの雑木林で、木にダイナミックに絡み付いた蔓性植物を度々見かけた。何かと思ったら「藤」だそうだ。あしかがフラワーパークで見事な藤棚、あるいはトンネルやドーム仕立ての藤を見た(4月24日に掲載)が、なるほどこれほど逞しくどこまでも自在に蔓を延ばす植物なのだと再確認した。野生の藤は、年によって花を咲かせ、そこから採れるハチミツは最高級の味だとか。11163

2017年11月15日 (水)

群馬の〝西洋版〟古城

 群馬の家に来ている。秋晴れの今日は、車で小一時間のロックハート城に出かけた。伊香保、草津、水上、四万の温泉地からちょっと足を伸ばして行ける位置にある。11154

 もとは英国のロックハート伯爵がスコットランドに建設したもの。俳優・津川雅彦が買い取り、解体してはるばる日本へ移築、1993年に復元が完成した。以来、中世ヨーロッパ気分が味わえるのと、「心に施錠」と読めるロックハートの名前から「恋人の聖地」として人気を集めている。11151  好評なのはレンタルドレスで変身する〝プリンセス体験〟と、ステンドグラス風のかわいい〝ハートの絵馬〟で、お城の内外は色とりどりのお姫様と、ところ構わず吊るされた赤やピンクのハートで溢れていた。11153  来場者は若いカップルか女性グループばかり。現在造園中のイングリッシュガーデンが来春オープンすれば、殿方グループも入りやすくなるかもしれない。

2017年11月 9日 (木)

蛙池のカワセミ

 家のすぐ近くの散歩道沿いにあるカエル池に、「カメラマンが集まっていると思ったら、カワセミがいた!」と昼頃帰宅した夫。カメラを持つや10階の我が家から池に駆け付け、青い姿を写真におさめてくれた。(今年の3月2日にもカワセミを紹介したが、今日のほうが近くでアップで撮れた)
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 私も見に行ってみると、カワセミがとまっていたのは、区の公園緑地課が池に立てた「中に入らないように」との看板の隅だった。カワセミはそこでしばらくモデルのようにポーズをとっていたが、突然、水中へと美しいダイビング! 途端に待ち構えていた周囲のカメラからシャッター音がいくつも重なり、ベンチに腰掛けて見ていた人たちからも「ほおーっ」と歓声が上がった。見事な一瞬だった。
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 池にはカルガモの大世帯も住んでいて、気持ちよさそうに泳いだり、日向ぼっこをしたり。暦の上ではもう秋も終わって初冬。午後には木枯らしが吹いた。
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2017年11月 3日 (金)

狂言ミュージカル

 朗読の勉強で知り合った方の出演する創作狂言(空に舞え~指導・演出/山下芳子)を観に行った。本番は明日で、今日はゲネプロや練習の模様を見学させてもらった次第。足立区演劇連盟ほかの主催、足立区の後援で、区民公募の小学生から80代までが毎週集まって狂言の稽古を重ね、15年間、年1回の公演を続けているという。
11031  ストーリーは…。大風の吹いたあくる日、村の神社の建物が飛んでなくなり、その跡に底なしの穴が開いている。埋めてしまえと村の長。そこへ都のすっぱ(詐欺師)が現われ、始末を引き受けるという。やり方は、家庭の不用品を処分代を徴収して集めたり、汚水処理のパイプを引き込んだり、やっかいな産業廃棄物をここぞとばかり放り込み、学者も「問題ない」と断言して…と現代日本への風刺が続々飛び出し、実に笑える。しかしリアルなだけに、そんなことを続けているとどうなるか、恐怖もひたひたと近づいてくる。
11032  狂言の動きや謡と舞で鍛えた皆さんの、体のしなやかなこと、いきいきしていらっしゃること! 地域の仲間とこつこつ続ける文化活動っていいものだなと思った文化の日だった。

2017年10月27日 (金)

恐怖の吊り橋

 群馬の家からちょっと足を伸ばして那須高原へドライブ。ロープウェイで那須岳に登ったら、双眼鏡を覗いていた夫が吊り橋を見つけ、私は高所が苦手というのに立ち寄ることになった。長さ130m、高さ38m、渓谷にかかる「つつじ吊橋」である。

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 手すりにしがみついてようよう渡ると、向こう側は橋の名前の由来である八幡ツツジ群生地。今は紅葉を楽しむ人々が木道を散策している。ここでイチョウのように黄色いモミジを初めて見た。名はオオモミジだとか。青空に映えて美しく、コワイ思いをして吊り橋を渡った甲斐があったと自分をいたわった。
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 吊り橋はなんとサービス過剰なことか、足下からも眺めがよいようにと幅の中央部が網状になっている。下を見たら腰が抜けるので、ひたすら前方のゴールだけを見て、何とか復路も渡り終えた。風が強くてもっと揺れていたら、とても無理だった。鉄網越しに谷底をのぞいて写真(下)を撮ったのは、当然夫である。

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2017年10月22日 (日)

大雨の京都

 本州の広い範囲が台風の大雨に見舞われた。京都滞在最後の今日、遠出は諦めて京都駅から近い東本願寺に出掛けたが、観光客は案の定少ない。雨を集めた樋から驚くほどの量が流れ溢れていた。
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 本来なら今日は時代祭。雨天順延の行事だが、一昨日には「中止」が決定された。鞍馬の火祭も無理だろう。これを目当てに海外から京都を訪れた方々も多いと思うと、気の毒でならない。
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2017年10月20日 (金)

秋を待つ京都

 所用で夫と京都へ出かけ、今日は観光。まずは哲学の道を通って、銀閣寺へ。庭園の小山を登っていくと、もみじがほんの少し色づいていた。紅葉の盛りには身動きできない人出になるとか。
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 法然院の山門をくぐると、白砂壇が見下ろせる。季節によって変わるその模様は、今は銀杏ともみじだった。 10205
 仁和寺の庭園。木々も池もよいが、手入れの行き届いた白砂が美しい。維持管理のご苦労を思う。石庭で有名な龍安寺にも行ったがその話は後日。この日、訪れた中で一番混んでいたのは、清水寺が工事中のせいもあろう、やはり金閣寺だった。
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 北野天満宮で見かけた舞妓さんの写真でしめくくる。翌日のイベント用撮影の現場でちゃっかりシャッターを押した。
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2017年10月15日 (日)

節目の秋に

 旧友たち約20人と裏磐梯へ一泊旅行に行った。車中も散策中も食事中も話は尽きず、家事を忘れて気分は極楽、それぞれの立場でがんばっている自分たちへ〝ご褒美〟のひとときだった。泊まったホテルは標高約1000メートル、木々の紅葉、芝生の落ち葉模様が美しい。人生を四季に例えれば、私たちにとって、今はまさに秋。しばし腰をおろして景色を眺めてごらんと椅子が誘っていた。実際はトレッキングにパークゴルフと遊んで盛り上がったのだが。
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 ホテル隣接のグランデコスキー場でゴンドラに乗った。400mほどアップする間に紅葉度が増し、遠くに近くに秋を鑑賞できるのが楽しい。家族とスキーに来て雪景色しか知らなかったこの場所にリンドウが群生、花の紫が見えかけていた。
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 先頃のアメリカ旅行に続いて、来し方を振り返るよい機会だった。これを節目に、新たな一歩が踏み出せそうな気がする。

2017年10月11日 (水)

アイオワでの買い物(4)

 アイオワで買ってきたものがもう1品。カローナにあるアーミッシュのコミュニティショップで見つけた〝ウインドチャイム〟である。直径約2cm、長さ20~30cmの金属製パイプが6本、輪のようにぶら下がっているアメリカ版風鈴。もっと小さいものから長さ1mの最大級まで、サイズも色もさまざま販売されていた。
 自宅でなく群馬の山の家にと、今回持ってきて取り付けた。風を受けて鳴る音は、深く澄んだ和音となって響く。庭仕事に精を出した後、心地よい休息を誘うような癒し系の〝音楽〟が聞こえる。1011
 品物に添付されたカードを見たら、これは〝Corinthian Bells〟という品だとか。そして、聖書のコリント前書13章より「げに信仰と希望と愛と此の三つのものは限りなく存らん、しかして其のうち最も大いなるは愛なり」が英語で記されていた。

2017年10月 8日 (日)

プレゼントされた本

 30年前も今回も、アイオワでお世話になったRさんが、「日本からあなたたちが訪れている間、政局の話には敢えて触れなかった。実際は国際情勢にしろ、国のリーダーにしろ、心の痛むことばかりだけれど…」と言って、別れ際に一冊の本をくださった。明るい花柄の包み紙から現われたのは、『We Are the Change We Seek』-バラク・オバマ氏の演説集-。中身をすらすら読むことはできないけれど、表紙と厚みを見るだけでも、苦難を乗り越えてきた歴史、この国の良心、志に思いを致し、それらを忘れまいと思う。
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 日本を離れていた1週間ちょっとの間に政党が消えたり生まれたり、複雑な情報にようやく頭が追い付いたところである。明後日は総選挙の公示日。「他の誰かや別の機会を待つならば、変化は訪れない。我々こそが、我々が求める変化なのだ」…本のタイトルを含む一節を、そして彼の地からこの本が贈られたことを忘れまい。

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