朗読劇「瞼の母」

2017年9月16日 (土)

「瞼の母」ストーリー(こぼれ話)

 ストーリーを紹介し終えたので、こぼれ話をいくつか。
 水熊の居間であれだけ忠太郎を拒否したおはまの、家を守るために隠していた情がお登世によって一気に噴き出る。役者の藤田さんはその二面性を鮮やかに演じた。「忠太郎~!」と名を呼び続けるラストにもらい泣きを誘われた人も多い。まさに当たり役だった。
 忠太郎の黒スーツ姿は、「最初はアレッと思ったけれど違和感はなかった」「廻し合羽に三度笠の出で立ちだったら〝ベタ〟すぎ」の感想も。
 演出の山下さんは、「講談との組み合わせはありそうでなかった。織音さんの話芸を間近に見て、日本の〝型〟のある表現っていいなぁと再認識した」とか。音楽監督の木村さんは、「言葉と音楽が即興でやりとりできて気持ちがよかった」と。木村さんには、早駕籠の「エッホ、エッホ…」の声も出していただいたが、「あれを自然に品よくできる人はなかなかいませんよ(笑)」と箏の稲葉さん。

0916  カーテンコールの写真を見るたびに、感謝が込み上げる。ご覧くださいました皆様、数々の応援を、本当にありがとうございました。
(終わり)

2017年9月 8日 (金)

「瞼の母」ストーリー(9)

【後半第三場・荒川堤】「廻し合羽に三度笠、秋の夜更けの川べりを心淋しく忠太郎」の語りに続いて忠太郎が登場。跡をつけられていると気付き、浪人たちの水熊を乗っ取る魂胆を知る。関わるものかと思ったその時、「忠太郎兄さーん」「忠太郎やーい」と自分を探す声を聞く。驚く忠太郎、「どうか無事でいておくれ」「兄さんは信じられる人」と母妹が話すのを芒の陰で聞き、自分を思ってくれる人がいると知って感極まる。二人が別の場所へ移動した隙に、忠太郎は浪人達を追い、斬り倒す。
(第三場は私の脚色部分が多かった。忠太郎が水熊や母妹を守るために浪人と闘う場面では、「太刀と脇差しが火花を散らし、肩で息する二つの影が…」と、活弁のような語りも入れた)
 再び母妹が「忠太郎兄さーん」「忠太郎やーい」と探しに来る。だが忠太郎は芒の陰に身を隠したまま。
お登世「あんなに探したのにどこにもいないのね。縁がないってのは、こんなものなのかしらねえ」
おはま「あたしが、悪かったからだよ」
 二人のすすり泣きを遠くで聞き、忠太郎最後の名台詞。「俺あ厭だ、厭だ。誰が会ってやるものか。俺あ、こう上下の瞼を合せ、じいっと考えてりゃあ、会わねえ昔のおっかさんの俤が出てくるんだ。それでいいんだ。会いたくなったら、俺あ眼をつぶろうよ」
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語り「前を過ぎ行く二挺の駕籠、じっと見送る忠太郎」
船頭唄(笛の木村さんが歌う)「降ろうが照ろうが風吹くままよ」
 母娘が去り、忠太郎が去って幕となる。

2017年9月 6日 (水)

「瞼の母」ストーリー(8)

【後半第二場・水熊の居間④】思わず「忠太郎さん、お待ち」と引き留めようとするおはまに、ここでまた名台詞。
忠太郎「自分ばかりが勝手次第に、母や妹を恋しがっても、そっちとこっちは立つ瀬が別っこ。俺も馬鹿よ、幼い時に別れた生みの母は、こう瞼の上下ぴったり合せ、思い出しゃあ絵で描くように見えてたものを、わざわざ骨を折って消してしまった。おかみさん、ごめんなさんせ」
 そこへ何も知らずに娘のお登世が登場、廊下で忠太郎とすれ違い、互いに「よく似てる」と独り言。断ち切るように立ち去る忠太郎。
 「おっかさん、今の男の人誰?」と訊ね、「兄さんなの。生きていたの!」と無邪気に喜ぶお登世に、「そうだよ!忠太郎が訪ねてきたんだよ!なのに私は…」と号泣する母。
(脚本で純真なお登世を強調した。娘のお登世(小野里桃子さん・写真左)の柔らかな心に、おはまは「堪忍しとくれ」と悔やむ。)
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おはま「おっかさんは薄情だった。始めのうちは騙りだと思って用心しちまって、そのうち家の身代に眼をつけたんだと疑って、終いにはお前の行く末に邪魔になると思い込んで突っぱねて帰してしまったんだよう」
お登世「そんな! 兄さん、哀しい目をしてた。すぐに呼び戻してあげて」
おはま「そうだね。どんなことをしても、もう一度母子三人で会わなければ」
 そこへ忠太郎を強請りと思った板前が、浪人者を雇って襲わせることにしたと告げる。驚くおはま、自分で追いかけると早駕籠を二挺呼ぶ。
(つづく)

2017年9月 3日 (日)

「瞼の母」ストーリー(7)

【後半第二場・水熊の居間③】ここで唄「巡り逢ったも仇夢か、逢わぬ昔が懐かしい」が流れる。そして…
おはま「忠太郎さん、もし私が母親だといったら、お前さんどうおしだ」
(初めて〝忠太郎さん〟と呼んだ。おはまの気持ちが歩み寄ったと見られるが、これはかなりずるい質問である)
忠太郎「それを訊いてどうする。あっしには判ってる。小三十年も前の事ぁ、とうに忘れた夢なんだろう」
(ここでもし忠太郎が再び〝おっかさん〟とすがりついていたら、違った展開になったかもしれない。しかしもはや、忠太郎は冷めている)
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 百両を懐に戻し、去る気になった忠太郎。
忠太郎 「親といい、子というものは、こんな風でいいものか」
おはま「それほどよく得心しているのなら、早く帰っておくれでないか」
忠太郎「近い者ほど可愛くて、遠く離れりゃ疎くなるのが人情なのか」
おはま「女親は我が子を思わずにいるものかね。だがね、我が子にもよりけりだ。親を尋ねるのなら、なぜ堅気になっていないのだえ」
(売り言葉に買い言葉、ついに最も忠太郎を傷つける言葉を言ってしまう)
忠太郎「おかみさん。そのお指図は辞退すらあ。親に離れた小僧っ子がぐれたを叱るは少し無理。ヤクザ渡世の古沼へ足も脛まで突っ込んで、何の今更堅気になれよう。よし、堅気で辛抱したとて喜んでくれる人でもあることか、裸一貫たった一人じゃござんせんか。ハハハ…、ままよ。二度と忠太郎は参りゃしません」
(痛みを堪えながら、百に一つの愛を乞い、そんな自分を笑ってもいる忠太郎のこの台詞は、役者が一番苦労したという)
(つづく)

2017年9月 2日 (土)

「瞼の母」ストーリー(6)

【後半第二場・水熊の居間②】おはまに金の無心を疑われた忠太郎、金には困っていないと胴巻から百両を取り出して見せる。
忠太郎「顔も知らねえ母親がもし貧乏に苦しんででもいるのだったら、手土産代りと心がけ、この百両は永えこと抱いて温めて来たのでござんす。見れば立派な料理茶屋の女主人、金が溜っているだけに、現在の子を捉まえても疑ってみる気になりてえのか、おっかさん、そりゃあ怨みだ」
おはま「怨むのはこっちの方だ。娘をたよりに楽しみに暮らしているところに、とんでもない男が出て来て、忠太郎は生きています、私ですと…。お前は忠太郎と名乗って、お登世に譲る水熊の身代を貰う魂胆なんだ」
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 あまりの言葉に咽び泣く忠太郎。涙をはらうと最後の駄目を押す。
忠太郎「おかみさんの子の忠太郎は、あっしじゃねえと仰るのですね」
おはま「そうだよ。私にゃ男の子があったが永い間死んだと思って来たのだから、今更その子が生き返って来ても嬉しいとは思えないんだよ」
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(おはまと忠太郎がバトルを展開するこの場面は原作のまま、脚色は加えていない。二人は動きもなくすわったまま、表情と声の変化で心の中を表す。ラジオドラマとは違って、やはり見るのが楽しい「劇」である)
(つづく)

2017年9月 1日 (金)

「瞼の母」ストーリー(5)

【後半第二場・水熊の居間①】語り、唄に続いて水熊の女将おはま(藤田恵子さん・写真右)登場、自慢の娘の花嫁衣装を見ながら、苦労の甲斐があったと寛ぐ。そこへ見知らぬ男が来たとの騒ぎ。男勝りのおはま、自分がとっちめてやるから居間へ通すように言う。
 下手に出て来た忠太郎、勇を鼓して「おかみさんはもしや、あっしぐらいの年頃の男の子を持った憶えはござんせんか」と訊く。憶えはあっても忠太郎の風采に危惧を感じて打算の働くおはま、「おっかさん!」と呼ぶ忠太郎を拒絶する。

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おはま「私には生き別れをした子はあったが、今ではもう亡くなった」
忠太郎「五つの時に縁が切れてもう三十年。その間生き死にさえ知れずにいたから、そんな子はねえという気になっているんでござんすか」
 驚きながらも、相手を思いやる忠太郎。おはまが嫁ぎ先と縁が切れた時のことを語ると「罪は身持ちのよくなかった親父にある」と取り成し、「自分の子は九つの時、流行病で死んだ筈」と言えば「病にはかかったが、死んだというのは間違いです」と訴える。

 (ようやく巡り会えたと嬉しくてたまらない忠太郎。母を思って、素直に言えばいうほど、柔らかくなればなるほど、おはまはピシャリとはねつけるのである。忠太郎がかわいそう…、ここでは観客の同情は100%忠太郎に集まる)
 さらに、「お前、そんな手で這い込みはしないがいい」と、おはまに金の無心を疑われてしまう。
(つづく)

2017年8月24日 (木)

「瞼の母」ストーリー(4)

【後半第一場・柳橋2】おとらは忠太郎に身の上話をする。
おとら「あたしの子は体が弱くて、しょっちゅう病気をしてねぇ。駆けずり回って薬を出してもらっていたが、とうとう死んじまった。そんときにゃあ生きる気力もなくなって、後を追いたかったさ。けど、薬代で借金がかさんでて、身を売って返せって言われて、あっちへ売られ、こっちへ売られ、あとは堕ちるばかりさ」
(この辺は私の脚色。ついでに「子を亡くした親は、どんな境遇であれ、子供が生きてさえいてくれればって思うんだよ」と言わせ、後に出てくるおはまとの違いを出した)

 忠太郎と心を通わせたおとら、今度は母を探す忠太郎の事情を知る。ふと、水熊の女将がかつて江州に残してきた子を思って泣いていたことを思い出し、告げると、「もしや…」と期待する忠太郎。
おとら「でもそりゃ、大昔の話だから、昨今はどうだか判りゃしないよ」
忠太郎 「生みの親だあ、子じゃねえか。忘れるなんてことがあるものか」
おとら「それじゃひとつ、尋ねて行ってみるかい?」
忠太郎「ま、まさか、いくら何でも…」
(原作はここで終わるが、迷う忠太郎に「どんな顔してる御仁なのか、見てくるだけでも悪くないじゃないか」とおとらが背中を押す脚色にした)

「お前さんとの話で俺あ元気が出た」という忠太郎(写真下)と、倅の墓参りに行くというおとら、明るく別れる。
(つづく)
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2017年8月19日 (土)

「瞼の母」ストーリー(3)

【後半第一場・柳橋1】前半の講談が終わり、後半は朗読劇。音楽の演奏される間に舞台変換し、講談の席は舞台右手に移され、織音さんが今度は語り手となってそこへ座る。正面には背のない箱型の椅子が二つ。

 「江州番場の忠太郎は、五つの秋に別れたる生みの母親ただ一目、逢いたい見たいの一筋に、尋ね廻って江戸表」の語りに、「今日も空しく暮れるかと、一人佇む柳橋」と唄が続く。
 この語りと唄の演出は、以後も話の節目毎に挿入され、場を盛り上げた。唄は稲葉美和さん(写真左)が箏を演奏しながら新内風に唄ってくださった。笛の木村俊介さん(写真右)の歌声も後で披露される。08191

 音楽が終わり、忠太郎が登場(黒いスーツ姿!)。ほどなく料亭水熊の店先から言い争う声(打楽器で表現)がし、夜鷹のおとらの声がする。
 おとら「おい! ここの女将に用があるんだ。さっさと取り次いでおくれ」
 これがおとら役の私の第一声。堕ちた女が昔の知人である水熊の女主人に物乞いに行き、叩き出されるのである。(舞台に出る前に、まずは裏から声だけ聞こえるという脚本にした。客席を見ないで大声を出すことで、度胸の弾みがついて助かった)

 突き飛ばされた効果音と共に表へ出て、おお痛え痛え…とうずくまると、忠太郎がもしや自分の母ではないかと近づき、年は?子はないか?と訊く。子供はあったが死んだと泣き出すおとら。つらいことを思い出させて悪かったと詫びる忠太郎を引き留め、身の上話を始める。
(つづく)
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2017年8月18日 (金)

「瞼の母」ストーリー(2)

【前半・講談2】ほどなく、呼び出しに応じないのに業を煮やした博徒二人が、半次郎の一家に襲いかかる。必死に止める半次郎、関わらないでくれと懇願する母おむら。そのあわやの所へ忠太郎が戻って来て、一人を斬り、残る一人も逃げていく。先の酷い言葉を詫び、感謝する母と妹。斬ったのは忠太郎だと証拠を残すために、無筆の忠太郎はおむらに書付を手伝ってもらう。筆を持つ手を支えられ、まるで母親に甘えているようだと涙をこぼす忠太郎。半次郎に堅気になれと諭し、生き別れの母が居ると噂で聞いた江戸に行く、と告げて去っていく。
 講談で何人もの声色を使い分け、人情味たっぷりの話芸を披露した織音さんが、「さて、続きは朗読劇を見てのお楽しみ」と前半を締め括る。
(つづく)0818
◎公演当日にお配りしたパンフレットより神田織音さんのコメント
 史実を物語にして語る講談は江戸の初期から続いておりますから「伝統話芸」と、堅苦しい言われ方もされますが、あくまで楽しんでお聞き頂く娯楽であると思っています。語る内容もお武家様向けだったものから庶民が喜ぶものに、更に語り手も僧侶など学のある方から一般庶民にまで広がる事でより娯楽性が高まりました。その時々に合わせて語られてきた生ものなのです。
 古典が色褪せる事無く今日でも受け入れられるのは普遍的なテーマだから、というだけではなく、その時々で形を変えながら語り継がれているからです。今ならどう語れば受け入れられるのか、そんな所を大事にしながら語りたいと思っております。

2017年8月17日 (木)

「瞼の母」ストーリー(1)

 講談×朗読「瞼の母」の公演を終えて、ひと月経った。先日、ゲネプロの際に撮影してもらった舞台の写真がたくさん届き、ここで物語のあらすじを何回かに分けて、写真とともに振り返ることにする。

【前半・講談1】舞台の左手に、箏、篠笛、三味線、鈴、銅鑼、鉦などが並ぶ。「ねんねんころりよ」の子守唄をモチーフにした前奏が流れ、講談師・神田織音さん(写真)が中央に登場、張扇を手に、「時は嘉永元年…」と語り始める。
 武州のある職人の家に、倅・半次郎が博徒の諍いから逃げ帰って来ていた。敵討に逸る博徒二人から呼び出し状が届き、行くんだと半次郎、いけないよと妹。母のおむらが帰宅し、まだ親不幸をする気かと諌める。
 そこへ訪ねてきたのが旅の博徒・忠太郎。弟分の半次郎を案じるが、悪い仲間と訝って妹も母もそんな人は居ないと言い張る。父を亡くし母も知らない忠太郎にはその〝家族の情〟が羨ましい。傍に真っ当な人でもいたら倅がヤクザにならずにいたろうに、と責められた忠太郎、静かに立ち去る。
(つづく)0817_3
◎神田織音(かんだおりね)さんのプロフィール
東京都出身。高校時代から芝居の勉強を始める。その後約10年芝居に携わる。
平成11年4月 神田(かんだ)香織に入門、講談協会所属。
平成15年4月 二ツ目昇進、平成23年4月 真打昇進。
古典の他、福祉講談として「成年後見講談」「認知症予防講談」などを手がける。趣味は民謡、三味線、舞踊。